NRI社会情報システム

main visual

シニア世代のウェルビーイング(5)
~「幸せの4つの因子」で見る高齢者の幸せの「形」とは~

NRI社会情報システム株式会社 主席コンサルタント 小松 隆

2024/03/29

Share

x linked

「シニア世代のウェルビーイング」の連載コラムも今回が最終回となる。前回までのコラムでは、シニア世代の幸福度が多様な要因から影響を受けていることや、幸福度と性格の間にみられる関係性などをNRI社会情報システムが実施した調査結果に基づき考察してきた。そこでは、「主観的幸福度」を、「とても幸せ」~「とても不幸せ」の11段階で簡易的に評価する手法を用いて測定してきたが、本コラムでは、幸福の「構造」を説明することを目的に開発された「幸せの4つの因子」(「やってみよう」、「ありがとう」、「なんとかなる」、「ありのままに」)の手法に照らして分析してみたい。シニア世代が感じる幸せの形に関する調査として、興味深い結果が得ることができた。

「幸せの4つの因子」で見る、シニア世代の幸福の形

「ウェルビーイング」は、心理学の分野を中心に学術的研究が長く行われてきており、さまざまな測定方法が開発されてきた。本人が幸福であると感じるかどうかの「主観的幸福度」の測定方法を最初に編み出したのは「幸福学の父」とも言われる米国の心理学者エド・ディーナー氏であり、 「人生満足度尺度」(SWLS;Satisfaction With Life Scale)が有名である。「ほとんどの面で、私の人生は理想に近い」、「私の人生は、とてもすばらしい状態だ」、「私は自分の人生に満足している」などの5つの質問に対して、「1.全く当てはまらない」から「7.非常によく当てはまる」の7段階の回答結果を合計したものであり、5点から35点の間で正規分布に近い形状で分布する事が知られている。 一方で、本連載コラムで用いてきた「主観的幸福度」は、「現在あなたはどの程度幸せですか」という問いに対して、10点(とても幸せ)から0点(とても不幸せ)の11段階で回答する方法で測定したものであり、国際的な研究組織「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」(SDSN)も「世界幸福度報告書」(World Happiness Report)の中で採用している方式である。なお2023年版の同報告書の結果によると、世界一幸福な国はフィンランドで数値は7.804、日本は6.129で47位であった。この手法は、本来多くの要素から複雑に構成される「幸福」を単一の指標で捉えるものであるため調査を行いやすく、さまざまな変数との間でクロス分析を簡易的に行うことができるなど、非常に使い勝手のよい手法である。 そのような中、日本のウェルビーイング研究の第一人者である、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授は、幸せを4つの指標に分けて捉える「幸せの4つの因子」を開発した。図表1に示すように、心の状態を「やってみよう」、「ありがとう」、「なんとかなる」、「ありのままに」という4つの因子に分類し、幸福の「構造」を指標化している。それぞれ4つ、計16個の質問に対して、「1:全くそう思わない」から、「7:とてもそう思う」の7段階の回答結果を4つの因子ごとに合計して測定する。因子ごとのスコアは最低4から最高28の間で分布し、数値が大きい方が幸福であることを表す。幸福を単一の数値として見るのではなく、その「構造」の見える化を可能にするものとして、注目されている。 「やってみよう」因子は、やりがいや成長意欲をもって高い主体性を持つことを表しており、「ありがとう」因子は、利他の気持ちや人に対する感謝を示している。また「なんとかなる」因子は、前向きかつ楽観的に考えられる状態、「ありのままに」因子は、自分を他人と比較することなく自分らしくいる状態を表している。

図表1 幸せの四つの因子と構成する質問
図表1 幸せの四つの因子と構成する質問

NRI社会情報システムは、2022年8月にシルニアス(SIRNIORS)モニターを利用した全国60歳代から80歳代の高齢者1005名を対象にした郵送調査を行い、「幸せの4つの因子」の測定を行った。図表2に、16の質問ごとの回答結果、及びそれを因子ごとに合計した数値を示す。比較対象として、オンラインカウンセリングcotreeのオンライン幸せ診断サイトで自由意志で回答したシニア以外の世代を含む15,028名を対象に実施した先行調査結果をあわせて記載している。4因子ごとの数値は、高齢者の場合、「やってみよう」15.37、「ありがとう」22.04、「なんとかなる」16.90、「ありのままに」18.88であるのに対して、比較対象では、「やってみよう」17.85、「ありがとう」23.80、「なんとかなる」17.41、「ありのままに」18.99となっている。どちらの調査でも、「ありがとう」因子の数値が一番大きく、日本人が感じる幸福は、「人とのつながりや感謝の気持ち」と関係が深いことがわかる。さらに、「ありのままに」因子がそれに続いている点も両調査で共通であるが、高齢者では「やってみよう」因子の数値が4因子の中で一番小さい点は、比較対象とは異なっている。 16の質問を個別に見ると、「私は学校や仕事での失敗や不安な感情をあまり引きずらない」(「なんとかなる」因子)と、「私は自分と他者がすることをあまり比較しない」(「ありのままに」因子)のスコアは比較対象よりも数値が大きくなっており、「引きずらない」、「比較しない」は、高齢者を幸福にする重要なキーワードであることがわかる。

図表2 「幸せの四つの因子」の測定結果
図表2 「幸せの四つの因子」の測定結果

女性の幸福の形は、「ありがとう」、「なんとかなる」、「ありのままに」で表現できる

次に、幸せの4つの因子を男女別に見たものを図表3に示す。特徴的なのは、幸せの4つの因子の中で、男性の方が女性よりも数値が高いのは「やってみよう」因子だけであり、それ以外の「ありがとう」、「なんとかなる」、「ありのままに」の3因子では、すべて女性の方が高い数値を示している点である。また16の項目別に見ても、男性が女性よりも数値が高いのは、「やってみよう」因子を構成する4項目だけであり、残りの12項目ではすべて女性の数値の方が高い。 60歳代から80歳代の高齢男性の場合、長い就労期間を経て、自信や価値観、時にプライドが確立されるケースが一般的に多いと言われる。「やってみよう」因子を構成する4つの質問は、「自分は有能である」、「自分は周囲の期待に応えている」、「自分の人生は充実していた」、「現在の自分は理想に近い」という、これまでの人生を肯定したいという意識を映し出しやすいものであり、結果として男性の「やってみよう」因子の数値を高めている可能性がある。高齢者を対象に「やってみよう」因子本来の将来志向の心の状態を調べるには、別の切り口での質問も有効かもしれない。 「ありがとう」、「なんとかなる」、「ありのままに」の3因子の結果を踏まえた、女性高齢者の幸福の特徴を表すと、「人とのつながりや感謝の気持ちを大切にし、楽観的かつポジティブで、自分らしく自然体でいられる状態」となる。なお、16個の項目別に見た時に男女差が一番大きい項目は、「ありのまま」因子の「テレビを見るとき、チャンネルをあまり頻繁に切り替え過ぎない」(男性4.19、女性4.92)であり、興味深い結果として筆者も注目している。

図表3 高齢者の「幸せの四つの因子」の男女比較
図表3 高齢者の「幸せの四つの因子」の男女比較

年齢とともに「やってみよう」・「ありのまま」因子は低下し、「なんとかなる」因子は上昇する

年齢とともに、幸せの4つの因子がどのように変化するかを示したものが図表4である。「やってみよう」因子と、「ありのまま」因子は年齢とともに低下し、「なんとかなる」因子はわずかではあるが上昇している。また「ありがとう」因子は年齢と関係なく高い数値を示している。「やってみよう」因子は、60歳代の16.1から、70歳代以降に15.1~15.3に大きく低下しているが、構成する4つの個別質問いずれを見ても60歳代の数値は高い。会社などの組織に帰属し仕事をしている人が、仕事を辞めることでライフステージが変わるなど、生活環境の変化が「主体的に自己実現や成長をめざそうとする意欲」に影響を及ぼしている可能性がある。また、「ありのまま」因子の4つの質問を個別に見ると、特に「私は自分と他者がすることをあまり比較しない」、「自分自身についての信念はあまり変化しない」の二つのスコアが年齢とともに低下する傾向にあることがわかった。0から10の11段階で表した主観的幸福度は、60歳代から80歳代以上に向けて順番に7.36→7.37→7.41→7.57とわずかに上昇しているが、その数値の変化からだけでは見えない幸福の「形」を考察できることが、「幸せの4つの因子」の調査手法の特徴である。

図表4 高齢者の「幸せの四つの因子」の年齢別スコア
図表4 高齢者の「幸せの四つの因子」の年齢別スコア

二つの異なる測定方法に見られる「主観的幸福度」の相関

本コラムの1.節で記したように、「主観的幸福度」には様々な測定方法があるが、今回は、「幸せの4つの因子」による測定方法と、幸福度を0から10の11段階で測定する方法(簡単のため11件法と呼ぶ)のふたつの方法を併用して調査した。前者が幸せの「構造」を4つの因子で説明するものであるのに対して、後者は様々な要因から形成された「結果」としての幸福を単一指標として表現したものであり、手法の違いこそあれ、両者には強い相関が見られるはずである。4つの因子のスコアと11件法による幸福度の関係を示したものが図表5である。4つの因子毎に、右に行くほど(11件法による幸福度が高いほど)4つの因子のスコアが高くなっており、両者の間には想定通りの強い相関が見られる。このことから、4つの因子、更にはそれらを構成する16の質問が「主観的幸福度」の測定方法として有効なものであることがわかる。両者の間の統計的な相関分析は割愛するが、敢えて言えば「ありのまま」因子は他の3因子と比較し、高齢者の幸福度との相関が相対的に低いようである。

図表5 「幸せの四つの因子」のスコアと11件法で見た主観的幸福度の関係性
図表5 「幸せの四つの因子」のスコアと11件法で見た主観的幸福度の関係性

最後に ~シニア世代が幸福と感じる超高齢社会の姿を世界に発信することの重要性~

5本の連載コラムを通して、シニア世代の幸福の特徴をいくらかでも示すことができたと考えている。ウェルビーイングは、あくまでも一人ひとりの主観に基づき測定されるものであり、常にあいまいさが伴うが、だからこそ個人差の影響を薄めることができる統計的調査により、幸福の「姿」や「傾向」を全体感として可視化することが重要となる。特にシニア世代の場合、ネット調査では母集団に偏りが生じたり、健康を害している人の声を集めることが困難であったりする理由から、日本全体のシニア世代の縮図となるような調査モニターの設定は難しく、結果としてシニア世代の幸福度に関する調査はこれまで必ずしも十分であったとは言えない。そのような中、本調査では、郵送調査を用いてなるべく一般的なシニア世代の生活者の意識を集めたものであり、ここに記した調査結果は一定の信憑性があると考えている。 日本の高齢化率は今から3年後の2027年には30%、さらに10年後の2037年には33.3%に到達する。人口の三分の一を占める高齢者が幸福であることなくして、国全体がウェルビーイングになることは決してありえない。子供たちや若い世代が高齢者を見た時に、「歳をとっても皆幸せそうだと思えるような社会」、「長生きしたくなる社会」、「人生のロールモデルとなる高齢者が沢山いる社会」をつくることは、世界随一の超高齢社会の課題先進国である日本の使命である。そして、「シニアが幸せな国」のあり方を、世界に向けて力強く発信し続けていきたいと筆者は強く願う。

注)回答者の男女別・年代別の構成は、母集団であるモニターに準じている点にご留意ください。

NRI社会情報システム株式会社のシニアパネル ”SIRNIORS”(シルニアス)とは、全国の60歳以上の男女約7万人を組織した調査パネルです。アンケート調査や商品のホームユーステスト、実証実験参加、各種インタビューなどにご利用いただけます。

シニア世代の
実態調査なら

SINIORS

SIRNIORSについての
詳細はこちら