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シニア世代のウェルビーイング(2)
~健康や家計以外にも高齢者の幸福を形成する要因は実に多様~

NRI社会情報システム株式会社 主席コンサルタント 小松 隆

2023/12/22

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一人ひとりの「ウェルビーイング(Well-being)」は、様々な要因により複合的に形成される。特に高齢者は、生きてきた時間が長く人生の経験量が豊富な分、すべての面において個人差が大きく、ウェルビーイングの形成プロセスも多様である。本稿では、ウェルビーイングに影響を与える要因として、健康状態と家計状況、生活環境に加えて、スマートフォンの利用状況、趣味の取り組み状況などを広範に取り上げ、高齢者ならではのウェルビーイングの特徴は何なのかを探る。

健康状態と家計状況は、高齢者の幸福度に影響を及ぼす最重要因子

「ウェルビーイング」の測定指標である主観的幸福度が、どのような要因により影響を受けるかについては、様々な学術的研究が行われている。言うまでもなく、人が幸福と感じるかどうかは複合的な要因によるものであり、世代や性別など人の基本属性により違いが生じるだけでなく、社会情勢によっても時代とともに変化するため、単純ではない。本稿では、NRI社会情報システムが2022年8月、シルニアス(SIRNIORS)モニターを利用し、全国の60歳代から80歳代の高齢者1,005名を対象にした郵送調査の結果を踏まえ、高齢者の幸福に影響を及ぼす要因について考察する。 経済開発協力機構(OECD)は、2011年よりウェルビーイングの傾向とその要因に関する理解を深めるための研究を開始し、「より良い生活指標(Better Life Index 、以下BLI)」を開発した。BLIは、物質的な生活条件(住宅、所得と富、雇用と仕事)3項目と、生活の質(社会とのつながり、教育と技能、環境、市民参画、健康状態、主観的幸福、安全、ワークライフバランス)8項目の計11項目から構成されている。 「幸福の測定」(鶴見哲也他著)によると、主観的幸福度に最も強く影響するのは、第一に「健康状態」、次に「所得と富」とされている。図1は、「健康状態」と「家計状況」により主観的幸福度がどう影響を受けるかを調べた結果である。ここでは主観的幸福度は、「現在、あなたはどの程度幸せですか」の設問に対して、「とても幸せ」を10点、「とても不幸せ」を0点とした11段階で簡易的に測定した。健康状態が「非常に健康である」人、および家計状況が「余裕があり将来の心配もない」人は、どちらも主観的幸福度の平均値は8.0を超える非常に高い数値を示し、不幸と感じる人の割合はほぼ0%に近い。特に家計状況については、余裕がある人とない人の間で幸福度の違いは大きく、「余裕は全くなく、やりくりが大変厳しい」人では、不幸せな人の割合(29.4%)が幸福な人の割合(17.6%)を上回る現象が起きている。高齢者にとって、健康状態と家計状況は幸福度に非常に強い影響を及ぼす要因であることは明らかである。

図1 高齢者の主観的幸福度と健康状態、家計状況との関係性
図1 高齢者の主観的幸福度と健康状態、家計状況との関係性

居住地域、生活環境と幸福度の関係性は、国、自治体も注目する関心領域

次に、BLIの11の指標のうち「住宅」と「環境」に相当する項目を取り上げる。OECDが発表した「How’s Life? 2020 Measuring Well-being」によると、「住宅」はサブ指標として、基礎設備の有無、住宅支出、一人当たり部屋数、「環境」は大気汚染度、水質で測定しているが、生活環境としては他にも緑地の量、閑静さ、住宅密集度、買物事情、地域コミュニティとの関わり、教育環境、行政サービス、公共交通、医療サービス、治安や防災など多様な要素から成る。 最近では、一般社団法人スマートシティ・インスティテュートにより、市民の「暮らしやすさ」と「幸福感」を、客観と主観の両方の視点で指標化した「地域幸福度指標(Liveable Well-Being City指標)」が開発されている。デジタル田園都市国家構想の実現に向けて、指標の活用促進の検討会が2022年よりデジタル庁で立ち上がり、可視化されたデータに基づいた政策立案手法としてEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)に基づく検証を行う自治体の取り組みも積極化されている。 本稿では、高齢者の幸福度が、居住する地域の特徴や住宅の種類によってどのように影響を受けるかについて調査した(図2)。居住する地域を、「都市中心部」、「都市外縁部」、「郊外地域」、「農村・漁村・山村地域」の4種類で自己申告してもらい、主観的幸福度との関係を見たところ、「都市中心部」において一番高い結果となった。「都市中心部」から離れ、より「地方」に向かうにつれて主観的幸福度は低下し、不幸せな人の割合が増加しているが、その差は決して大きなものではなかった。むしろ「農村・漁村・山村地域」に住む幸福な人の割合57.6%は、「都市中心部」の58.3%とほぼ同じ水準であり、豊かな自然環境や地域社会とのつながりを持ちやすい地方での暮らしは、高齢者にとっては満足度を引き上げる要素になっていると考えられる。コロナ禍を契機に都市部から地方への移住が進み、地方自治体も関係人口の拡大を目指した活動を強化しているが、これが地方で住む高齢者の幸福度にどのように影響を与えるかについては、今後も注目すべき視点である。 次に、暮らしている住居(「持ち家」、「公団・公社・公営の賃貸住宅」、「民間の賃貸住宅」)と、幸福度の関係性を調べた。持ち家と賃貸住宅にはそれぞれメリット、デメリットがあるとされているが、高齢者の主観的幸福度は、賃貸住宅よりも持ち家に暮らす人の方が相対的に高い結果となった。

図2 高齢者の主観的幸福度と居住地域、住宅種類との関係性
図2 高齢者の主観的幸福度と居住地域、住宅種類との関係性

高齢者のデジタルリテラシー向上は、国全体のウェルビーイング向上の鍵

国は、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル社会の実現」を目指している。コロナ禍を契機に、「スマートフォンの使用が前提」となったサービスや手続きが、社会の様々な局面で一気に普及しており、高齢者がスマートフォンを利用してその利便性を享受できるかどうかは、日本社会全体のデジタル化が将来に向けて進むかどうかの分水嶺になると言っても過言ではない。 総務省の「令和4年通信利用動向調査」によると、高齢者のスマートフォンの保有率は60歳代で83.2%、70歳代で60.6%、80歳代で27.3%であり、保有率の増加は当分の間続くだろう。但し、スマートフォンを保有することは、デジタル社会へ適応するための最初のステップに過ぎず、保有率の数値だけを追いかけてももはや意味はない。高齢者がスマートフォンのアプリやサービスを活用することでデジタル社会との接点を持ち、結果として生活が便利かつ豊かになることでウェルビーイングをどれだけ実感できたかということこそが本質であり、社会としてモニターすべきゴール達成指標となる。 図3は高齢者がどの程度の頻度でスマートフォン及び携帯電話を使用するかを表したものである。これによると、全体の84.4%の人は1日に1回以上の頻度で「日常的に使用している」ことになる。また図4は高齢者の主観的幸福度と、スマートフォン及び携帯電話の使用頻度との関係性を示したものである。1時間に数回以上という最も高頻度で使用する人の主観的幸福度が最も高く、使用頻度が下がるにつれて徐々に幸福度は低下する。幸福だから使用頻度が高いのか、使用頻度が高いから幸福なのかの因果関係はこの調査だけからは特定できないが、興味深い相関である。 また、使用頻度が週に2~3回、週に1回と下がり、「日常的に使用しない」ようになると、幸福と感じる人の割合が急速に減少している点も特徴的である。「日常的に使用しない人」は、時々電話として使うだけなど、利用用途が限定されている状況と考えられ、生活満足度が高くないことと、スマートフォンの利便性を享受できていないことの間には関係性があると推測することができる。またもう一つの特徴は、少数派とはいえ「ほとんど、または全く使わない人」は、「週に1回程度使用する人」よりも幸福と感じる人の割合がむしろ高いことである。スマートフォンや携帯電話などは、使わなくても生活する上で特に不便はないという、その人ならではの価値観やこだわりを持つ層が、この中には含まれていると考えられる。

図3 高齢者のスマートフォン・携帯電話の使用頻度
図3 高齢者のスマートフォン・携帯電話の使用頻度

図4 高齢者の主観的幸福度とスマートフォン・携帯電話の使用頻度との関係性
図4 高齢者の主観的幸福度とスマートフォン・携帯電話の使用頻度との関係性

高齢者が趣味をもつことは幸福度を引き上げるために非常に有効

高齢者にとって「楽しむためにすることが何もない」状態は、生活の中での活動量が減少し、身体や脳の機能が低下する「生活不活発病」のリスクを高めかねない。高齢者の「趣味に対する取り組み状況」を調査した結果を図5に示す。趣味があると回答した人(「幅広く趣味に取り組んでいる」、「特定の趣味を深く追求している」の回答者の合計)は全体の25.1%に留まり、「趣味とまではいかないが好きなことに取り組んでいる」人が61.4%と多くを占め、残りの13.5%は「趣味はもっていない」と回答している。 図6は、「趣味に対する取り組み状況」が主観的幸福度にどのように影響しているかを示したものであり、 趣味があると回答した人の幸福度が高く、趣味はもっていない人の幸福度は低い。趣味がある人の中でも、幅広く複数の趣味を持つ方が、特定の趣味にだけ打ち込むよりも、高齢者の幸福度を引き上げる効果がわずかに強い点は興味深い。 趣味は人に言われて無理やり行うものではなく、「好き」、「ワクワク」の気持ちから内発的に行うものであるが、それに加えて「一人でもできる」、「人と接する機会がある」、「体力的に問題ない」、「経済的に問題ない」の条件を満たすことが高齢者にとっては大切となる。一人ひとりにあった趣味を探し、ウェルビーイングを手に入れて欲しいと思う。

図5 高齢者の趣味に対する取り組み状況
図5 高齢者の趣味に対する取り組み状況

図6 高齢者の主観的幸福度と趣味に対する取り組みとの関係性
図6 高齢者の主観的幸福度と趣味に対する取り組みとの関係性

本稿では、健康状態、家計状況、生活環境、デジタル適用力、趣味への取り組みなど、高齢者のウェルビーイングに影響を与える要因毎に一般的傾向として述べたが、「どういう状態が幸せか」は十人十色であることは言うまでもない。人生100年時代の長い時間を自分らしく過ごすために、自分が一番大切にするべき「幸福要因」は何なのかを熟慮し人生プランを描くことが重要となる。

注)回答者の男女別・年代別の構成は、母集団であるモニターに準じている点にご留意ください。

NRI社会情報システム株式会社のシニアパネル ”SIRNIORS”(シルニアス)とは、全国の60歳以上の男女約7万人を組織した調査パネルです。アンケート調査や商品のホームユーステスト、実証実験参加、各種インタビューなどにご利用いただけます。

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