野村総合研究所 社会情報システム事業部 開発グループマネージャ 岡野尊
2026/10/23
高齢者が大切にする「場」は、家族、地域、仕事、余暇と多岐にわたるが、その回答傾向は、現役時代の働き方や勤務先の規模によって異なる。データによると、正規従業員数1,000人以上の組織で働いていた人は、「家族」を大切にする割合が比較的高く、小規模な組織で働いていた人や、自営業・個人事業主・フリーランス経験者では、「仕事」を大切にする割合が比較的高かった。また、生活満足度が低い層では、「仕事」を大切にする割合が比較的高かった。現役時代の働き方と、高齢期に大切にしている場との関係を読み解き、高齢者理解の深化を目指す。
かつては、定年後を仕事から離れてゆっくり過ごす時期と捉える見方も一般的だった。しかし現在では、高齢期の過ごし方は多様になっている。人生100年時代と言われる現代において、高齢者の「生きがい」や大切にしている「場」は極めて多様化している。その違いには、現役時代の働き方や生活背景が関係している可能性がある。現在大切にしている場には、現役時代の働き方や勤務環境との関連が見られる。本稿では、当社独自の「シルニアスパネル」による調査データを基に、現役時代の属性によって、高齢者が現在大切にしている場にどのような違いが見られるのかを分析する。
個別のキャリア分析に入る前に、まずは性別および年代という基礎的な属性が、高齢者が大切にしている場にどのような違いが見られるか、その全体像を俯瞰しておきたい(図1)。男女別に見ると、「家族」を大切にする割合は男性46.9%、女性46.1%で、大きな差は見られない。「仕事」や「地域での活動や交流」の割合にも、男女間で大きな差は見られず、「家族」を大切にする割合は男女とも46%台で、4項目の中で最も高い。
年代別に見ると、回答割合には違いが見られる。女性では、年代が高い層ほど「地域での活動や交流」の割合が高い傾向が見られる。一方、男性では女性と比較して微増にとどまる。特に女性は60代後半から80歳以上にかけて、地域活動への関心が12.0%から16.1%へと明確に上昇している。男性では、75~79歳で「仕事」が17.7%、「地域での活動や交流」が19.6%となる一方、80歳以上では「仕事」が19.7%、「地域での活動や交流」が17.4%となっており、明確な年代傾向は確認できない。年代による回答の違いには、就業状況や健康状態、家族構成など、さまざまな要因が関係している可能性がある。ただし、本調査の結果だけから理由を特定することはできない。こうした男女別・年代別の傾向を踏まえ、次からは個々のキャリア背景がいかにこの地図を塗り替えていくのか、その詳細を見ていく。
高齢者が大切にしている「場」の配分において、現役時代に勤務していた組織の規模や働き方によって、現在大切にしている場の割合に違いが見られる。勤務先の規模別に見ると、データは異なる側面を映し出している。
まず、現役時代に勤めていた組織の正規従業員数別(図2)に見ると、現役時代に勤めていた組織の従業員数が「1,000人以上」の大企業出身者は、「家族」を大切にする割合が49.0%と、図2の区分の中で最も高かった。一方で、「仕事」は16.6%で、図2の区分の中で最も低かった。対照的に、従業員数「5人未満」の小規模企業出身者は、「仕事」の比重が21.3%と高く、「家族」は43.4%と比較的低い。また、現役時代の働き方別(図3)を見ても、「個人事業主・フリーランス」だった層は「仕事」への比重が21.1%、「自営業」では22.9%と、図3の区分の中で最も高い。
この結果から読み取れるのは、大規模な組織で働いていた人では「家族」の割合が比較的高く、小規模な組織で働いていた人や自営業者では「仕事」の割合が比較的高いという違いである。こうした違いの背景には、退職後の就業状況や家族構成、経済状況などが関係している可能性がある。ただし、本調査では退職金や年金額、現在働いている理由までは確認していないため、経済状況との因果関係は判断できない。対照的に、小規模な組織で働いていた人や自営業・フリーランス経験者では、「仕事」を大切にする割合が比較的高い。ただし、それが仕事へのやりがいによるものか、経済的な必要性によるものかは、本調査からは判断できない。つまり、ここからは、現役時代の働き方によって、現在大切にする場の構成が異なることがわかる。
現役時代の年収と現在の生活満足度別に、大切にしている場の違いを見ていく。現役時代の年収別に見ると、大切にしている場の割合に一定の違いが見られる。現役時代の年収別(図4)を見ると、年収「900万円~1,000万円未満」の層では、「家族」を大切にする割合が54.2%で、図4の年収区分の中で最も高く、逆に「仕事」は14.4%と全年収区分中で最も低い数値を示した。また、「1,000万円以上」の層では、「趣味や友人との交流など余暇活動」が21.8%であり、年収「900万円~1,000万円未満」と比較して上昇する。
一方で、現在の生活満足度別(図5)を見ると、満足度が「0~4点」の層では、「仕事」を大切にする割合が21.1%で、「8~10点」の層の17.8%を3.3ポイント上回った。このデータは、二つの重要な示唆を含んでいる。第一に、現役時代の年収が高い一部の層では、「家族」や「趣味や友人との交流など余暇活動」を大切にする割合が高かった。ただし、現在の就業状況や仕事をする理由については、本調査からは判断できない。第二に、生活満足度が低い層ほど仕事に重きを置いているという事実は、生活満足度が低い層で「仕事」の割合が高い理由として、経済的な必要性や仕事を通じた人とのつながりなど、複数の可能性が考えられる。満足度が高い層において仕事の比重が下がり、家族や余暇のバランスが取れていることは、生活満足度と大切にしている場との間に一定の関係が見られる。
最後に、現在の楽しみと将来への備えに対する考え方別に、大切にしている場の違いを見ていく。将来に対する考え方によって、大切にしている場の割合に違いが見られる。図6を見ると「将来どうなるかわからないので、現在の楽しみを優先したい」と考える「現在の楽しみを優先したい」層(Aに近い)は、「趣味や余暇活動」の比重が23.5%と高く、「仕事」は17.2%に留まる。対して、「現在の生活を多少犠牲にしても、将来に向けて備えたい」と考える「将来に向けて備えたい」層(Bに近い)は、「仕事」の比重が21.6%と高く、「家族」は42.5%と低い傾向にある。
この結果から、将来への備えに対する考え方と、大切にしている場との間に関連があることがわかる。「将来に向けて備えたい」層の「仕事」への傾斜は、単なる勤勉さだけでなく、将来への経済的な不安や、仕事を通じた社会とのつながりなどがある可能性も考えられる。ただし、余暇に対する評価や、仕事を重視する理由については、本調査からは判断できない。労働による資産形成や社会との接点維持こそが安心の源泉となっている可能性がある。また、「家族」の割合は、将来への備えを重視する層で相対的に低い。ただし、家族と過ごす実際の時間や関係性を示すものではない点には注意が必要である。経済的な「安心」を追い求めるあまり、「家族」や「趣味や友人との交流など余暇活動」を大切にする割合が相対的に低い――将来への備えを重視する層では、「仕事」の割合が高く、「家族」の割合が低いという特徴が見られる。高齢者の多様性は、単なる好みの問題ではなく、将来への備えに対する考え方も、高齢者が大切にしている場を理解する一つの視点となる。
高齢期の過ごし方を一律に捉えることは難しくなっており、現役時代のキャリア、経済状況、そして個々人の価値観が複雑に絡み合った、高齢期の価値観や過ごし方は多様化している。大規模な組織で働いていた人や、現役時代の年収が高い一部の層では、「家族」を大切にする割合が比較的高かった。一方で、生活満足度が低い層では、「仕事」を大切にする割合が比較的高かった。また、将来への備えを重視する層で「仕事」の割合が高いという結果は、社会保障や資産形成の在り方にも問いを投げかけている。しかし、こうした違いを、優劣の問題として捉えるべきではない。仕事や地域での活動、余暇などを大切にする人々の経験や意欲は、超高齢社会における新たな活力の源泉となり得るからだ。企業や社会に求められているのは、こうした多様な背景を持つ高齢者一人ひとりが、過去の延長線上に縛られることなく、それぞれの価値観に合った「居場所」を再定義し、選択できる環境を整えることである。画一的なシニア像を捨て、一人ひとりの現役時代の経験や現在の価値観を理解することが、真に豊かな長寿社会を実現する第一歩となるだろう。
A1. はい、明確な違いが見られます。正規従業員数1,000人以上の大企業出身者は「家族」を大切にする割合が比較的高く、小規模な組織(5人未満)の出身者や、自営業・フリーランス経験者では「仕事」を大切にする割合が比較的高い傾向があります。
A2. 全体として男女とも「家族」を最も大切にする点に大きな差はありません。しかし年代別に見ると、女性は年代が上がるほど「地域での活動や交流」を大切にする割合が高くなる傾向が見られます。
A3. 生活満足度が低い層(0~4点)では、「仕事」を大切にする割合が比較的高い傾向があります。これには、経済的な必要性や、仕事を通じた社会とのつながり維持など、複数の要因が背景にあると考えられます。
A4. 「将来に向けて備えたい」と考える層は「仕事」の比重が高く、「家族」の比重が低い傾向があります。一方、「現在の楽しみを優先したい」と考える層は、「趣味や友人との交流など余暇活動」の比重が高い傾向にあります。
A5. 画一的なシニア像を捨て、一人ひとりの現役時代のキャリアや現在の価値観を理解することが重要です。過去の延長線上に縛られることなく、それぞれの価値観に合った「居場所」を再定義し、選択できる環境を整えることが求められています。
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