NRI社会情報システム株式会社 事業企画部 エキスパートコンサルタント 中村 雅彦
2025/12/22
親から子へ、世代を超えて受け継がれる資産としての「相続」。人生の重要な節目となる出来事だが、その経験は決して一様ではない。今回は、シルニアスパネルの調査データを基に、相続の有無や内容が、高齢者の現在の経済状況や将来の暮らし向きに対する意識とどのように結びついているのかを紐解いていく。
データからは、相続が経済的安定に寄与する一方で、必ずしも相続経験が楽観的な将来展望に直結していないという、シニア世代の複雑な実態が浮かび上がってきた。
まず、誰がどのような形で相続を経験しているのか、基本的な状況を見ていきたい。 シルニアスパネル調査によると、全体の42.9%が既に親や親族から相続を受けており、「いずれは相続する予定」の3.6%と合わせると、半数近くが何らかの形で相続に関与していることがわかる 。
しかし、この数字の裏には個々の置かれた状況による大きな違いがある。図1によれば、「相続した(親は他界、または生前贈与)」と回答した割合は、男性全体で48.9%であるのに対し、女性全体では36.9%と、10ポイント以上の差が見られる 。 特に注目すべきは、女性80歳以上で「相続は受けていない(親は他界)」が66.4%と突出して高い点だ 。これは同年代の男性と比較しても顕著な差であり、この世代の女性が相続の機会に恵まれにくかった、あるいは家制度の影響下にあった社会的背景を示唆している 。
相続した内容(図2)に目を向けると、「不動産(土地、建物)」が38.2%と最も多く、次いで「現預金」が31.3%となっている 。これは、日本の家計資産における不動産の割合が高いことを反映した結果と言えるだろう。 ここでも男女・年代別の差異はあり、例えば男性65~74歳では「不動産」が45.3%と高いのに対し、女性75歳以上では29.3%に留まるなど、性別や世代によって経験する内容や規模に違いがあることがわかる 。
次に、相続経験が現在の家計状況とどのように関連しているのかを見てみよう。 図3は、家計のゆとり度別に相続経験の有無を示したものだ。「余裕があり、将来の心配もない」と回答した層では、「相続した/予定」の割合が66.2%と非常に高い 。 これに対し、「余裕はなく、やりくりが厳しい」層では33.9%、「余裕はまったくなく、やりくりが大変厳しい」層では22.6%まで低下する 。経済的な余裕が乏しい層ほど、相続経験の割合が低い傾向が明確である。
同様の傾向は、図4の「世間一般からみた生活の程度」別のデータからも確認できる。「上」と自己評価する層では「相続した/予定」が80.0%に達するのに対し、「下」と評価する層では18.4%に留まる 。 昨今、生まれた家庭環境がその後の人生に影響する「親ガチャ」という言葉が議論されるが、本データはまさに、親世代からの資産継承が子世代の経済格差に直結している現実を浮き彫りにしていると言えるだろう 。
相続は不動産だけでなく、金融資産の継承も含む。現在の金融資産額と相続経験にはどのような関連があるのだろうか。 図5を見ると、貯蓄額が多い層ほど「相続した/予定」の割合が高いという、予想通りの傾向が確認できる。「3,000万円以上」の金融資産を持つ層では、実に73.5%が相続を経験(または予定)しているのに対し、「100万円未満」の層では26.9%に過ぎない 。
金融資産額が1,000万円を超えると相続経験率は55%前後となり、3,000万円以上でさらに顕著に上昇する 。一定以上の資産を形成している層においては、相続が比較的一般的な経験となっていることがうかがえる。
最後に、相続経験が今後の暮らし向きに対する考え方にどのような影響を与えているのかを見てみたい。 直感的には、相続で資産を得れば将来に対しても楽観的になれると思える。実際に、「良くなっていくと思う」と回答した層では、「相続した/予定」の割合が50.0%と半数に達している 。
しかし、「変わらないと思う」層や「少し悪くなっていくと思う」層においても半数近くが相続を経験しており、必ずしも「相続=楽観的な将来展望」という単純な図式にはなっていない 。 さらに、「非常に悪くなっていくと思う」と回答した層においてさえ、29.8%と約3割は相続を経験(または予定)している 。
これは、相続によって資産を得たとしても、それが必ずしも将来への安心感に直結するわけではないことを示している。不動産の維持管理コスト、インフレによる目減り、あるいは健康不安や介護問題など、金銭だけでは解決できない要因が将来不安を増幅させている可能性がある 。 将来への不安が完全に解消されるわけではないという事実は、本稿が迫ろうとした相続の「影」の側面であり、高齢期の生活設計の難しさを物語っていると言えるだろう。
今回の調査からは、高齢者の相続経験の実態と、それが経済状況や将来観と複雑に絡み合っている様相が明らかになった。 相続は経済的な恩恵をもたらす一方で、その経験は個人の属性によって大きく異なる。特に、経済的に恵まれた層ほど相続経験が豊富である傾向は、資産格差が世代を超えて受け継がれる可能性を示唆しており、社会的な課題として認識する必要がある 。
また、相続を経験したからといって、必ずしも将来への不安が解消されるわけではない。企業や行政が高齢者向けの支援策を検討する際には、単に資産の有無だけでなく、相続の背景やそれがもたらす心理的な影響の違いをきめ細かく理解することが求められる 。 相続というレンズを通して高齢者の生活実態を多角的に捉えることは、超高齢社会における真の豊かさとは何かを考える上で、重要な示唆を与えてくれるはずである。
A1. シルニアスパネル調査によると、高齢者全体の42.9%が相続を経験済みです。「いずれ相続予定」の3.6%を合わせると約半数が関与しています。しかし男女差は大きく、相続経験率は男性48.9%に対し女性は36.9%です。特に80歳以上の女性では66.4%が「相続を受けていない」と回答しており、世代的な背景が示唆されます。
A2. 最も多いのは「不動産(土地、建物)」で38.2%、次いで「現預金」が31.3%です。これは日本の家計資産における不動産の比率の高さを反映しています。ただし、これも性別や年代で差があり、例えば男性65~74歳では不動産の相続が45.3%と高くなる傾向があります。
A3. 強い相関が見られます。「余裕があり、将来の心配もない」と回答した層では相続経験(予定含む)が66.2%に上る一方、「やりくりが大変厳しい」層では22.6%に留まります。同様に、自己評価の生活レベルが「上」の層では80.0%が相続を経験していますが、「下」の層では18.4%です。親からの資産継承が子の世代の経済格差に直結している実態がうかがえます。
A4. はい、明確な相関があります。金融資産が「3,000万円以上」の層では73.5%が相続を経験(または予定)しているのに対し、「100万円未満」の層では26.9%に過ぎません。特に資産額が1,000万円を超えると相続経験率は55%前後となり、資産形成において相続が重要な役割を果たしていることがわかります。
A5. 必ずしもそうとは言えません。相続経験は経済的安定に寄与しますが、楽観的な将来展望には直結しない実態があります。「今後の暮らしが非常に悪くなっていく」と悲観的に考えている層でさえ、約3割(29.8%)が相続を経験(または予定)しています。これは、不動産の維持コストや健康問題など、資産だけでは解決できない将来不安が存在することを示唆しています。
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